リーダーシップの教科書

土曜日に「ハー・ストーリィ ビジネスカレッジ」のビジネスコース第二回目を開講した。
今回のゲストは阪本啓一さん。私のあこがれのコンサルタントだ。彼の著書は数えたらなんと五冊は本棚にあった!(ぜひ、みなさんアマゾンで阪本啓一と入れてみてください。たくさん著書があります)
今回のセミナーのタイトルは、著書の一冊と同タイトルで「リーダーシップの教科書」。
とにかく内容がすばらしく、参加者は一様に満足していただけたのではないでしょうか。
阪本さんいわく「非売品」としっかり釘をさされたリーダーシップの「十訓」をテキストにしていただき、ひとつひとつしっかりと説明してくださった。

三時間分をすべでここで話すと受講生に怒られそうだけど、総括してお伝えしますと、「リーダーとは行動である」というひと言につきる、と出しで結論づけられた。
評論、意見をいう上司では人はついてこない。リーダーシップとは「行動」することだ。とシンプルに確信をもって語られた。
では行動とは何か・・・これをひとつずつ十訓として説明していただいた。どれも単なる講義ではなく、阪本さん自身の経験、体験に基づいているので説得力がある。

彼の会社は、ニューヨークにある。大手企業をやめて単身、翌日にはニューヨークに渡って会社を起こしていたという。この時点で彼も「行動」の人。ビジネスパートナーがニューヨークにいたそうだけど、その相手というのがまた、インターネットで知り合った「メル友」だという。
「メールはその人の人柄がよく出るんだよ」というのは阪本さんの弁。
最近、日本に戻って、「阪本塾」を都内で開塾。少人数に個別で講義をしていて、塾の場所は生徒に申込みをした人にしか明かされない。※そうそう、東京責任者の寺川律子は、ちゃんと阪本さんの講座の「ブランドコース」に通っているらしい・・・。エライね、寺ちゃん!
東京に戻ってこられた大きな理由は、ニューヨークのテロ事件。オフィスは現場の近くにあるそうで、仕事に燃えている人たちがある日突然、出勤して数時間でビルもろとも崩壊し、飛行機がつっこむ・・・という事実と恐怖の体験は、本当に多くのことを学んだそうだ。その結果、「いつ死ぬかもしれない。だったら何のために生きているのか。何のために仕事をしているか」を自問自答して、自分らしい生き方、後悔しない生き方をしよう。と考え日本に戻ったといわれました。
リーダーは、行動と同時にどこまでいったも「原始的な熱情」が人の心を動かす、とも。
本当にそう思います。どんなに理屈をこねても、人が「やろう」「がんばろう」と思うのは、やっぱり熱い思いがなければ火はつきません。「リーダーとは人の心に火をつけることができる人だ」という言葉もとっても響きます。

私は私で、こうして自分の会いたい人を自分の仕事を理由に呼べるのはしあわせです。
「ハー・ストーリィ ビジネスカレッジ」を開講してよかった、と本当に思いました。阪本さん、本当に本当にありがとうございました。
http://www.herstory.co.jp/gakkou/curriculum/business.htm
みなさん、この講座。私が自分でいうのもなんですが・・・はっきりいって「good」です。

女性のチャレンジ賞

昨日、内閣府から「女性のチャレンジ賞」というのを受賞しました。
すでに掲示板にもお祝いの言葉をいただき感謝します。山陰中央新報は、さすが、島根県出身ということで大きく取り上げていただき↓感謝です。今朝は広島の中国新聞にも出ているようですね。
 http://www.sanin-chuo.co.jp/news/2004/06/26/01.html

一週間前に突然、県から連絡をいただき、県推薦で水面下で審査をされ決定したそうだ。
この賞は、女性の起業、地域活動でのチャレンジに対して功労を表するものらしい。あまりに突然のことだったので、東京で官房長官からじきじきに賞状をいただける機会であったにもかかわらず、私は以前から動かせないスケジュールがすでに入っていて授賞式には欠席させていただいた。
でも、こうした賞はうれしいけど、私にとってはパートナーのさとうみどりや、取締役の寺川律子、社員、登録してくださっている会員さまあっての評価だと思っている。ともに歩んでくれている仲間たちに心から感謝です。
授賞式に私が出られないので、代理で役員を出したいと申し出したけど、なぜか駄目だったのが残念でした。賞は、ここまでがんばってきた通過点に対してのねぎらいの言葉と受け止め、これからもますますがんばりたいと思います。

サイトからではありますが、関係各位のみなさまに心からお礼申し上げます。

ひとりひとり

六月末決算と同時に、社内の組織変更、人事評価もすべて六月に集中しておこなっている。
七月二日は、恒例の社員総会で、今年は広島に全社員が集合する。とにかく六月、七月は忙しい。
経営企画室の中村の報告では、おととしの社員人数は22人。去年が44人。今年が60人。(三月に独立した小売部門の株式会社リシュラの社員10人を含む)。毎年20人近く増えている。そしてすでに来期新卒内定者と夏~秋の入社組みを含むと今年から来年にかけてすでに、20人近くが入社予定になっている。

人が増えるとそれだけ管理者の仕事は増える。想像はしていたけど想像以上のことがあっちこっちで起る。体がすでにいくらあっても足りない。
それでもなんとか続けているのが、給与明細に入れる「ひと言コメント」。なかなか日頃はなせない社員に個別に伝えたいことを手書きで書いている。以前は30分も集中すると終わっていたけど、今は一時間の持続では書き終わらない。移動先のホテル、新幹線、自宅の机など、場をかえては書き続ける。もうそろそろやめようか・・・と正直、毎月思ってしまっている。それでもやっぱりひとりひとりに書きたいと思って、今月は書こう!と奮起して続けている。

そんな折、今週、大勢の社員と面談をして感じるのは、組織がどんなに大きくなっていっても、人は「ひとり」ということ。誰もが、自分を大切に思っていて、自分の人生を気にしていて、自分の位置、存在、未来を気にしている。とっても当たり前のことだけど、わすれてしまいそうになる。ついついまとめて物事を見ようとしたり、できるだけ大枠に片付けようとしている自分に気づく。面談で話しをしていると、「ひとり」ずつが、自分なりの考え、意思をもっていて、必死で会社のことも自分のことも考えていることがわかる。

立場や職務など異なっていても、同じ場所でともに同じ時間を過ごしている仲間は、やっぱりひとりひとりが大切な人。ひとりひとりの人生を応援していきたいと心から思う。
だからやっぱり、がんばれるところまで、ひとりひとりのために、ひと言ひと言、その瞬間、その人の顔を思い浮かべて、仕事の姿をイメージして、コメントをやっぱり書くことは大切だと感じた。
・・・どこまで続けられるかはわからないけど、やっぱりコメントをもう少しがんばってみようと思う。会社は、ひとりひとり、異なる人、異なる意識、異なる思いの人たちが集まっているだけ。どんなに数が増えても大きくなっても、「ひとり」を忘れないようにココに記録しておきたい。

気付くと、傍らにいた人たち

土曜日は、リコーの中国地域の営業マンの優秀者の方々を前に講演をさせていただいた。
会場には弊社の担当の松浦氏もこられていた。
創業して丸14年になるけど、リコーさんとのお付き合いは丸13年。コピー機、印刷機、サーバーなど、さまざまな機器を使わせていただいている。
この間、ずっと同じ方が担当をしてくださっている。つまりお互いに13歳は歳をとったことになる。きっと担当の松浦氏は当時は20代だったと思う。私の頭の中の彼は、ういういしい若手のセールスマンだったけど、今は立派な係長さんになられて風格もある。
そういえば弊社は、印刷会社のリョーインとも丸14年の付き合い。こちらも14年間、ずっと高橋氏が担当。新卒だった彼も今は立派な管理職。弊社の印刷物のほとんどを担ってきた。会社の成長を見守ってきた一人だ。

会社を興したことによって出会う、仕入先、取引先、関係業者の方々は、日頃はゆっくり話すこともプラベートなことを語る関係でもない。お客様とも違うので、特別強く意識をしないまま、何か困ったことがあったら電話をして呼んだり、定期的に顔を見せてくれる・・・という存在。
でも、こうして14年たってみると、担当の人が変わらないというのもスゴイと思う。彼らこそが本当の営業マンなのかもしれない。決して強い営業マンというインパクトがなかったのだけど、いつでも無理難題をいうと、きまって「どうにかしましょう」といってくれる人たちだった。

来月の社員総会では、勤続年数表彰をする。毎年、表彰をしているのだけど、女性だけの会社だから、平均するとお嫁にいく人や結婚・出産退職の人も多く、長い人で10年~5年の範囲。
そういう意味では、なんとリコーの松浦さんとリョーインの高橋さんは社員以上に私たちの変遷を見ている人たちだ・・・と気付いた。

あまり会話をすることもなく10年以上の年月がたっていた。そう考えると月日の立つのがいかに早いかがわかる。当たり前に、いつでも、何時でも、私たちの傍らにいてくれた営業担当の方々がいたことを強く意識することもなかった。

本当に優秀な営業マンとは、「単発の成績ではなくお客様から継続して愛され続ける」ということだろう。これはできそうでできない。
優秀営業マンの方々を前に講演をさせていただきながら、まさか創業期のワンルームマンションに営業に飛び込んでくれたリコーの営業マンの彼を前に、講演をする日がくるとは考えてもいなかった。原点を思い出させていただき、私のほうがラッキーの時間だった。
中国リコー会のみなさまに心からお礼申し上げます。
これからも末永いお付き合いをよろしく御願いします。

階段を上る

少し掲示板をおろそかにしていました。ここのところアクセスが上がっているので、毎日、楽しみにきてくださっている方、期待を裏切ってごめんなさい。

昨日は東京で「クチコミュニティ勉強会」の第3回、「クチコミュニティwebに改善する」というテーマでお話しをしました。実践型のセミナーに42社のお申込みという大盛況ぶりで、参加者のすべてのサイトを私と社員の江頭の2人で事前に見てアドバイスを準備していくという方法をとったので、正直、精力をかなり使い、3日前あたりから頭の中はそれだらけ。
当日は、江頭、金子も各自20分の講義をしてくれまたので、彼女たちもプレッシャーだったと思います。
ゲストには、あのネットショップで有名な「クスリのらくだ」のシーちゃん先生こと峯村さん。現在、このサイトは、ドメインは http://www.rakuda.co.jp ですが、社名は株式会社アクシスアンとなり、サイトも「あったかカウンセリング 元気になろうよ」となって再デビューサイトになっています。サイトのデザインプロデュースと雛形を提供させていただきました。彼女とはもう長い付き合いです。三坪の親子のクスリ屋の二階ではじめたネットショップが今では月商1500万円を超えるサイトになって、マスコミなどでも有名になりました。

峯村さんの講義、社員たちのスピーチを見ながら、人は本当に階段を上っていくのだな、と実感します。階段は坂道とは違います。一つ上がると平らになっていて休憩できます。狭いながらも踊り場が常にあるのが階段。エスカレーターのようにほっといても上ったり下がったり・・・するものとは違うし、坂道のように斜めではありません。ちゃんと一つ上がると平らなんです。
何がいいたいか・・・というと、峯村さんの昔の様子、悩み、考え方、話し・・・その一つ一つが一歩上がっては、そこで立ち止まり、悩み、苦しんで、解決して、また勇気を出して一歩、足を上げる・・・そういう歩みだったことが感じ取れました。不安や困難を、実際に自分の意思で歩んだ人は、自分でしたからこそ語れる自信がみなぎっています。
社員の金子も、あっという間に入社、三年になります。その間に悩んでは踊り場を向かえ、考えたり、無理をしたり、引き返そうかと思ったこともあったと思います。
しかし、しっかりと顔から、仕事の経験、実践を重ねたことによって生まれる自信になっていました。江頭は入社して間もないのですが、自分が担当している「主婦の目でサイト診断」という商品事例を説明しました。やっぱり自分が実践しているだけに、私よりもずっと実感をこめて話しができます。

とにかくみんな階段をちゃんと上っています。経験は踊り場の数だけ自信になっていきます。
こうして人前で話す機会を持つだけでも、プレシャーと同時に階段を上っています。
大切なのは、上ろうという意思と、足を踏み出すことにあります。これをするかしないかはすべて自分の決断です。でも、この決断の積み重ねが数年後に、大きく階段の立ち位置を変えてしまうのだな、と、今、周囲の人たちの数年後を見ていて思います。

一本って何?

すでに掲示板に書き込みをしていただいていますが、8日の火曜日に広島で「クチコミュニティ勉強会」を行いました。第一回のテーマは「一本立てる」です。
「一本立てる」とは、人が語りたくなるような魅力、個性を際立たせることで、クチコミがおきやすくしよう、という考え方です。

今回は20人の方が、遠く京都、大阪、島根、そして鹿児島からもきてくださいました。
メルマガなどのおかげで、ご縁が全国に広がっていることを実感します。

後半に、一社ずつ「どこに一本を注目すべきか」を話しました。一本立てるコツは、他社と明確に違うことは何かを相手に伝えられるか、です。
ひとりずつに「御社の説明をしてください」とお伝えすると、自分の会社のこと、商品の良さを熱く語られます。「では、今、一生懸命、言葉で伝えた通りのことがそのまま名刺、パンフレット、ホームページに書かれていますか」とお聞きすると、ハッとされます。
不思議なことに、他人に言葉で説明している自社の強みは、「言葉で伝えている」ことが多く、パンフレットやパッケージなどは、かっこよく、オシャレにするがゆえに、自分が他社との違いはどこかを説明しているフレーズは、意外にも書かれていないことが多いのです。
どっちが重要か、というと自分ひとりが言葉で語るには、合える人の数にも限界がありますから、読ませるもの、ひとり歩きするものにこそ、書いておくべきです。

古い民家を改装して和風の暮らしを中心に提案しているリフォーム会社の方は、ご本人にとっては当然の他社との違いや個性だからなのか、「古い民家」「和」という言葉がどこにも出てきません。で、「和にこだわっているわけではないからですか」とお聞きすると「いえ、和にこだわっています」といわれるのです。
化粧品会社の方は、「他社とどこが違うのですか」とお聞きすると「成分が・・・」とか「ハリが・・・」とかいわれるのですが、それもまた他社とよく似た回答になります。よくよく聞いてみると、「エステシャンの人たちが支持していてクチコミで広がり、モニターもエステシャンの方々にしていただいた商品」という言葉が出てきました。エステシャンをモニターにして業界関係者に支持されクチコミで広がっている・・・という売りをはっきりと言葉でいわれたのですが、パンフレットにはどこにも書いていないのです。

昨日、打ち合わせにうかがった千葉のケーキ屋さんオランダ家では、「なめらかプリン」を新発売したそうですが出足がまだまだ・・・。開発の方にお聞きすると、「どうしても自分がなっとくする感触にたどり着きたくて、魯山人の茶碗蒸しの配合にたどり着き、その配合のままプリンにして完成した」という秘話が出てきて盛り上がりました。でも、店頭表示もしていないし、店員さんはそのことを知らない様子・・・じゃ、もっともっと伝えたいですね!という話しになりました。

無印良品でおなじみの良品計画さんに伺ったときは、ネット上で商品開発のプロセスを公開していると、発売と同時に店頭で売上が伸びるといいます。これがただ商品を載せて「新発売」としたり、店頭に新商品」として並べるだけでは、いい商品でも火がつくのに時間がかかるそうですが、プロセスや苦労、思いを公開すると、発売と同時にいきなり売れるという現象が起こるとおっしゃっていました。

売る側になるとついつい「心動かすのは?」ということがわからなくなります。
でも、買う側になると心動かすときはどういうときかが分かるはずです。
何の商売でも同じです。
「一本立てる」は難しい、といわれる方があります。でも「うちはこんなにすごいんだよ」「こんなことをしているんだよ」とわざわざ人に語っている【その話し】が、一本立っているフレーズであることが多いのです。それを言葉ではなく、大多数の人が目にするものに書いてください。

お父さん、だんだんあなたに似てきます

私は父と仲が悪かった。私だけでなく弟も天敵のような人生だった。
父は本当に神経質で細かくて、いちいち「男のくせに」と思うことが多く、小言ばかりの人だった。子供の頃は、玄関の靴の並び方、お風呂みがき、ガスの元栓(絶対に大元の栓を寝る前に点検して回る)、戸締り点検・・・小学生の高学年、中学生と大きくなっていけばいくほど、うっとうしくて、いちいちいわれることがむかついて(こういう言葉は当時はなかったかもしれないけど)、何かいわれるたびに不愉快な顔をしていると、殴るのでなく、ヒステリックに怒り出していた。ちょっとした態度、行動ですぐ怒るため、子供の私たちは父の存在、そのものがうっとおしくて、父が仕事から戻ってくることがいやだった。箸の上げ下ろし(でも、なぜか私は箸のもち方がへん。最後まで意地をはったせいか?)、食事のときはテレビを消す、姿勢、食事をする前に仏壇に手を合わす、お供えを変える・・・。今のわが家ではまったく想像できない家だった。

ある日、父が私たちのぐうたらでふてぶてしい態度に悩んだ末に、大きな模造紙の紙をリビングの壁に貼った。
マジックで、大きく一家の一週間の流れ、作業分担、一日のスケジュールが書いてあった。まるで夏休みのスケジュール作成のようなものだった。壁一面に貼るほどの大きな模造紙・・・。
思春期の私は、その模造紙をみて、なんと息苦しい家だ!と腹が立ち、貼ったばかりの模造紙を壁からひっぺがした。やぷってそのまま自分の2階の部屋へ逃げ込んだ。父が火のように怒ることが想定できていたからだ。でも当時の私には堅苦しくて息苦しくて嫌でいやでしかたがなかった。ところがその日は、ヒステリクに飛んでこなかった。
こっそりとあとからリビングを覗きにいくと父が泣いていた。まるで子供のようにわーわーと大声で泣いていた。近くで母、妹、弟がオロオロしていた。

あのときの父は、自分がほしい「しあわせな家庭のイメージ」を手に入れるために本気で悩んでいたのだと思う。
大きな模造紙を文房具店に買いにいっている父の姿を想像することもなかった。その買ってきた大きな模造紙を床に広げて、マジックで家庭の日程を考えたりしながら、どうしたら子供たちが、ちゃんとした暮らしをしてくれるのだろうか、できるようにするためにはどうしたらいいのだろうか、と父なりに真剣に悩んで書いたのだろう、という姿を考えることはできなかった。

数日前、副社長のさとうに言われた。「あんた、お父さんに似てきたね」「えっ?、うちのお父さんのことよく知っているね」「だって、一度、遊びにいったときに、一つ一つの会話に、いろんな神経をつかって、アドバイスをされていたから、細かいなー、ってびっくりした。あんたがいろんなことに目がいくのは、環境だね、これは」といわれた。

私は顔は父親似だけど、性格は母親似だとずっと思っていた。ざっくばらんでおおざぱでチャレンジャーで、社交的な母。小さなことをあまり気にしないし、若々しくて元気。
でも、経営者になって気づくのは、会社における父親になっているということ。どこにいても、オフィスの鍵はちゃんとしまっているだろうか、全員さすがに帰っているだろうか、お礼状は出しただろうか、お客様にちゃんと応対ができているだろうか・・・そんなことばかり考えている自分がいる。しっかりもののようで小心者。小さなことが気になってしかたがない。気にする数が多いから、逆に自分がその対応ができなくて、相手に迷惑をかけることもしばしば。

6月は決算です。今期も無事に増収を連続します。来期計画を作りながら、「こんな会社にするためにはどうしたらいいのだろう」とあのときの父のように気づけばノートに落書きをしている。
そうだ!と閃いて文具店に模造紙を買いに行って、自分のアイディアを床にひざまずいてマジックできれいに仕上げた父。その一生懸命に作った時間や思いを数分でやぶり捨てた私。もしも今、私がそんなことを社員や娘にされたら、きっと私もわーわーと大声をあげて泣くだろう。
生き方が不器用で細かい性格だった父と、社交的で話し上手の母の両方のDNAをちゃんと私はもらっているようだ。今の私が父だったら、もっともっと代弁して子供たちを味方に導けたかもしれない、と思うけどそれももう遅い。

大学をきっかけに10年以上父に勘当され、再会して4年後に逝った父。結局、あの日の「模造紙事件」については触れないままに別れた。今なら父の気持ちがわかる。40をすぎてやっと。素直にごめんなさいが言える。もう取り返しはつかないけど、父に教わったことが山のようにあることに気づく。どれだけ私たちを愛していたのかも。好きだから、しあわせな家族になりたいから、父は父なりに表現を必死でしていたのだ。

お父さん、だんだんあなたに似てきます。6月は決算月。そして父の日の月です。

「無形」なのに、お客様からお金をいただいている

学校時代は、そうじを怠けても、態度が悪くて、制服を校則違反で着ても、怒られる程度。「誰にも迷惑かけていないからいいじゃん。何で怒られるの」だった。
こうした教育を何年もうけて社会に出ると、「大人になる」ということは「自立」を求められ、イコール自分で収入をえて、自分で生活していくことなのだけど、そのお金は「他人評価」だということを学んでいないから、稼げない。「給料が低い」と思っている人は世の中にゴマンといるらしいけど、「自分の価値がどの程度か」とみたときに、会社の看板もブランドも何もない裸の自分が、個人の人脈から価値を感じてもらって、「現金をもらう」ことがどの程度できるだろうか。
モノを売るのではなく、自分そのものでお金をいただく。これがサービス業だ。

私の会社は、無形のものを売っている。
広告のような仕事をしているけど、新聞社の広告枠を売っているわけでも、テレビCMのスポット枠を売っているのでもない。「知恵」と「人柄」と「提案」をなんとお金にしている。
もしも個人のあなたが、「知恵」と「人柄」と「提案」で明日から「他人からお金をもらおう」と思ったら、どうやってお金をいただくだろう。それも毎月、確実に、切れずにいただき続けるのだ。欲をいえば切れないどころか増えるとさらにうれしいのだ。
ぜひ、考えていただきたい。明日から自分ひとりで、町に出て「自分の知恵と人柄と提案」でお金をいただいてきてほしい・・・といわれたらどうだろう?一度、真剣にイメージしてみてほしい。
私とパートナーのさとうみどりは、そうやって事業をスタートさせた。どこにでもいるただの女性。今の社員、知り合いの女性たちと何もかわらない。翌日から、それをしただけだ。来る日も来る日も人にあって、自分のない知恵をお金にするために生きてきた。学んだことは一つ。無形ビジネスは「あんたの知恵、買いたい」と思ってもらえるかだけなのだ。

無形のものでお金をいただくことは、究極の人間ビジネス。
商品は自分しかない。だから、ときには苦しいし、ときにはモノを仕入れたくなるし、ときには自分だけだったら・・・と思うのに、わが社は、多くの社員を集めている。
ひとりひとりが、無形の価値を生む一員であることをしっかりと自覚した集団をつくれたら、すごい!とおもっているからチャレンジしている。
商品が自分である、ということは、ひとりひとりが、自分磨きを絶えずするしか価値はついてこない。何を学び、何を得て・・・そして大切なのは、その得た経験や知識を「他人に何かを提供してお金にさせていただく」が給与になることを絶えず意識していくことだ。
「いい勉強をしました」「いい経験をしました」は、無形ビジネスの人材にはなれない。お金は「相手に知恵を提供し喜んでいただいた代償」としていただけるのだ。
だから、サービス業の人は、表現できなければ意味がない。知恵を惜しみなく出さなければ意味がない。体験を多くの人に伝えようと思わなければ意味がない。それが対価に換わるのだから。

勉強をしたら人にしゃべってほしい。経験したら実行できるように努力したい。できれば自分だけではなくみんなができるようにするためにはどうしたらいいか、を思考してほしい。お客様ができるようになるには何をしたらいいかを考えられる人でありたい。「私、楽しかった」ではなく、「みんなを楽しませたい」と本気で行動に移してほしい。それが相手からお金をいただく「唯一の商品」なのだ。

もしも無形ビジネスがちゃんとできたら、どこでもひっぱりだこ。
だって、多くの経営者がうらやましがる。「いいね。仕入れも工場も機械も土地もいらないから」と。そう投資が何もいらない。体ひとつでできてしまう。その気になれば明日から誰でも。だから人と同じじゃ価値はでない。お金をいただき続けていくなんてありえない。常に自分磨き+人へ発信が大事。「あなたにあえてよかった」「あなたの会社と出会えてよかった」その言葉をいただくには、私たちは、自分が商品であることを本気で自覚しなければならない。

生き様が感動を呼ぶ

昨夜、中国地域ニュービジネス協議会の定例総会の記念イベントと題して、パネルディスカッションが全日空ホテルで行われた。
壇上には、ラジコンヘリで世界一のヒロボーの松坂社長、ダイヤルサービスの今野由梨社長、お仏壇のはせがわの長谷川社長、モルテンの民秋社長のそうそうたるメンバーが上がられ、本当に感動のトークセッションが行われた。
いろんなパネルディスカッションを見てきたけれど、これほど聞いていて楽しく、心に響き、感動する時間は久しぶりだった。
もちろん、この掲示板では、多くの経営者の人たちの感動的な話をいくどとなく紹介してきたけど、今回の場合、大物が四人も揃ったことで、正直、スケールが違う感動だった。
会社が大きいということは、それだけスケールの大きなドラマ、障害をみなさんが経験し、乗り越えてきているのだということを改めて教えられた。
どなたも、最初から大きな会社なんてない。多くの人が涙したことと思う。

どの経営者も、「どんなに忙しく働いても、楽しい。たった一度の人生を本気で生きて、死ぬときに生きてきてよかった。人生に後悔なし、と思いたいからやっている」という話しや、「何度も危機にあい、もう駄目だ、と何度も何度も思うことがあっても、負けるもんかとふんばる自分がいる」「結局は人と人。しあわせになりたくて人は生きている」といったような話しが次々と出ました。とにかく著名な方ばかりなので雄弁で話しもうまい。掛け合い漫才のようにやりとりが飛び交う。何よりもパワフル。今野さんは、最近、海外の山をロッククライミングに挑戦したり、ゴルフのラウンドではギネスにのっている記録を作ったそうだ。なんと年齢は68歳。どうみても見えない美貌で会場にためいきを誘っていた。
長谷川さんは、日本ではお仏壇で唯一の上場企業だけど、アジア各国にホテル、スーパーなどを展開されたそうだ。150億投資して失敗しました。と堂々といわれた。「どうして失敗したか。それは、昔は多くの人をしあわせにしたいと思って事業をしてきた。今はどこかに儲けたい、もっと大きくしたいという思いがあった。それが失敗をさせた」と。ケタの違う話ですが、オーラが出ていました。民秋さんの超パワフルぶりは有名。日々は流川で飲んで、「たみちゃん」といえば知らない人はいないといいます。カラオケの歌詞は暗記。夜が遅くても5時すぎには起きてバラの手入れ。一年中花を咲かすことがテーマだそうで、花づくりは本格的。どう考えても多忙な人たちが異口同音に「やりたいことをしているのだから、忙しいのではなくしあわせ」という。

最後にもっとも会場を感動させたのは、どの方も人に夢や希望をあたえたい、と思っているということだ。今野さんはマレーシアの青年を育て、彼は現在、マレーシアで35の学校を作ったそうだ。
私たちから見れば大きな会社をしているみなさんが、壇上で、「会社を大きくしたいかどうかより、それで何をするか、世の中に何ができるようにするかが大事。一度きりの人生だから」だというニュアンスだった。

遠くてすごい人たちに見える人が、とても人間くさく感じた。みんな悩んで、苦しんで、それを糧に自分を強く、大きくしながら、人生を感謝し楽しんでいるのだと確認できた。
今野さんが、「人はとってもいじわるです。会社が大きくなっていくと、信じられない辛いことをする人が大勢出てきました。でも、その信じられないことをした人たちすべてに、そのおかげで今の私があるのだと思うと、心から感謝をしています。うそ偽りなく、私の人生に、そのときに必要な試練を連れてくる役割をしてくれた人たちなのだと思うとありがたいです。何が来ても楽しくなっている自分があります」といわれた。
誰かに聞いたことがある。「神様は乗り越えられない試練は与えない」と。

それぞれの人には、それぞれにドラマがあり、感動がある。乗り越えてきた試練の数だけ人は大物になっているのかもしれない。みなさんの生き様そのものが感動を呼びました。
このような機会をいただけたこと、感謝申し上げます。

Profile

日野佳恵子(ひの・かえこ)。島根県生まれ。90年創業。女性(主婦)マーケティングの パイオニア企業として注目を集める。企業・主婦・ハー・ストーリィの三者共働型マーケティングを開発する。「クチコミュニティ・マーケティング」は登録商標。 [ 続きを読む ]

日野の生い立ち物語
日野佳恵子の著書
HERSTORY
ハー・ストーリィは、主婦マーケット専門のマーケティング会社です。「主婦の力をプロデュース」を合言葉に、web媒体とリアルネットワークを活用し、主婦のおしゃべりをコンテンツにするクチコミュニティ®・マーケティングという独自の名称で、事業を展開しています。

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