リーダーたち

ちょっと前ですが、東京の金子リーダーのマンションに行きました。クライアントのイマンの田中社長、寺川支社長、日野の四人で遅くまで飲みました。

とってもステキなワンルームマンションで、仕事人のイイ女の部屋でした!!
料理も、田中社長がご用意してくださった、とっても年代モノのワインが2本!おいしいフランスパンにチーズ・・・。室内は照明を落としていい感じです。
都内には、こういう女性たちが増えているのでしょうね。

独身の女性がとても増えていると聞きます。もちろんハー・ストーリィは、既婚者も多くて主婦中心の会社ですが、営業職は全国を飛び回っていますから、独身が多くなります。中でも幹部は、新幹線、飛行機を使って、本当に各地にハードスケジュールで仕事をします。
東京支社を出した一年前には、寺川、金子が広島の指令をうけて、東京に行きました。都内の立上げのために、日々、奔走し、社員の採用、育成、組織づくりとがんばっています。女性ばかりの会社ですから、そこはさまざまな問題、課題もいっぱいありますが、それでもパワフルに高い山に挑戦する彼女たちのがんばりはすごいと思います。

一年半が過ぎ、やっと東京支社もハー・ストーリィらしい会社になりそうです。入社してきた中途採用者、新卒も、とても前向きで、行動力のある人ばかりです。

いい女の会社づくりが確実にできはじめています。会社をしていたからであえた仲間、会社をしたからこそ知りえる大変さ、悩み、課題、喜び、達成感・・・。人が育ってきた実感は、あらたなステージにチャレンジする勇気と行動を与えてくれます。
そうそう。リーダー紹介のページもアップしています。子育てをしながらもハンサムウーマンの清水リーダー、二度の育児休業をとって復活した福原リーダー、各地を飛び回る福間リーダー、大阪から単身乗り込んだ木田リーダー、福岡で独立人として活動するサテライトの阿部さんなど、魅力的なリーダーたちが、営業部門を引っ張っていってくれています。管理部門のチーフも頼もしい顔ぶれがそろい、ハー・ストーリィは、組織としての面白さをますます持ち始めました。

 http://www.kuchicommunity.jp/leader/index.html

常に上を目指す

日本の野球界がもめにもめているときに、海の向こうのマリナーズのイチロー選手の活躍は、対照的にスマートな生き様を見せてくれています。
昨日も五打席五安打。ひと昔前まで、大リーグといえば日本にとっては遠い存在で、日本の選手が大リーグで活躍することなど考えたこともなかったはずなのに、今では、大リーグの中でさらにトップを走ろうとしているスターが日本人であることは、本当にうれしいしすごいことだと思います。(と・・・さっきニュースを確認したら、今も試合中で、すでに三安打またまた打って、残り11になったそうです)

私はインタビューで答えるイチロー選手の言葉が、いつもとても楽しみです。どんなときにも現状に満足をせず、常に高いところに行こうという強い精神力、そして孤独であるはずなのに、どんななときも自分は自分というスタイル。
今回のインタビューでも、「純粋に比べられないです。相手もこちらも知らない状態で打ったのと、たくさんのことをほとんど分かった状態で打つのは違います。たとえば、相手の(守備の)シフトにしても半信半疑だったのと、確信を持ってやっているのとでは違うでしょう」。
と、うかれずに、きちんと分析したコメントです。
無我夢中で突っ走った1年目。高いレベルで結果を残しながらも苦しんだ2、3年目。そして今年、全球団から徹底マークされる中で、歴史を塗り替えるペースで積み重ねてきた安打は1本の重さは同じでも、その経緯は別次元のようで、イチローは、「まったく違いますね」ときっぱりと応えています。
とにかく、テクニックだけではなく、相手の球種、前回対戦の傾向、点差・状況…。決して「たまたま打てた」と言わず、「安打になるにはそれだけの理由がある」と強く言い切るのが、めちゃくちゃカッコイイです。1本ごとの理由を明確に理解していることが、<スポーツも戦略と戦術が重要>と見せ付けてくれています。
メジャー新の207単打は、1898年以来実に106年ぶり。1900年以前は四球も安打に記録されたとの説があるほどで、それほど古びた時代の扉の数々を、イチローは次々に開けようとしています。なんだか、日本では旧体質の球界に、ライブドアと楽天が新規参入できるかどうか、という風穴がおきようとしていますが、アメリカのイチローの方は日本のごたごたとは違って、気持ちがいいのです。イチロー自身は、周囲のけん騒を負担に感じるどころか、楽しんでいる感すらあります。

イチロー/「打ち続けないとクビ。ボクらはプロですから。見ている人を楽しませること、興味を持ってもらわなくてはいけない。それが使命ですから」。
 
プロである限り、スポーツもまたビジネスであり、娯楽産業。日本のプロ野球も、今は選手を応援する機運や、球団を減らさない機運が高まっていますが、もとはといえば、赤字であるということがすべての原点。そこを解決せずして、今回のような揉め事を見せるよりも、本来は、野球を楽しむ人をいかに増やし、いかにファンをひきつけ、黒字市場に転換させるのかを球団と選手が一丸となってビジネスパートナーであるべきことが、きちんと意識統一させてこなかったことにあるような気がします。人が入らなければ、どんなにプロだから、といっても払えるものは払えないし、維持できないものは維持できません。根本的解決をマスコミで示唆する人も討議する人もなく、なんだか、弱い者と強い者という関係だけで、人心をあおっている気がします。
「私たちお金出す人、私たち試合をする人」・・・というそれぞれの立場で運営し、関係者が一丸となってファンを増やすことや、野球ブランドを確立させることに本気になってこなかった結果のような気がします。
プロとは何か、をしっかりと体と実績で教えてくれるイチローの姿に、私たちも「お金を生み出せる人とはどんな人か、どんな会社か」を考えさせてくれる気がします。
チームが弱くても、負けても、人を動員し、お金を生み出すことに貢献をするイチローの姿は、ビジネス社会のトッププレイヤーでもあります。ひとりひとりが「プロ意識」を持つこととは、ビジネス感覚を全員が持つことに通じます。スポーツの世界もまた「プロ」である限り、そのことを同時に学ばなければ、「プロ」ではないのかもしれません。

プロとは何か。
会社で給与をもらっている人も、商売で利益を得ている人も、みんなプロです。お客様からいただいたお金で生計を立てている限り、私たちはそのお客様を「喜ばせ、興味をもってもらい、かってよかった」と思ってもらうことが仕事です。
プロとは、生計の中心となっている金銭を得ている仕事そのものを指します。どういわれてもお金をもらう限り、アルバイトもパートも契約も派遣も、「プロ」です。ひとりひとりのプロ意識が、存続、維持、発展の基本につながっていくことを誰もが知ることが大切な気がします。

人みな人材ですがな

これは松下幸之助の言葉です。

「人みな人材ですがな」この言葉は、とても寛大であり、真理です。
組織を作ることは、人の集まりを作ることです。集まっている人たちの共通意識の基本中の基本は、収入を得るためです。どんなに会社のことがすきです、といっても、「ではタダで働いてください」といって続けられる人はいないでしょう。
会社で働く人の共通の基本意識は、「収入のため」です。その次に「同じ働くなら自分の力が発揮でき、学べて、能力が高まる場所」を望みます。
つまり、人間の基本欲求は、「自分」を柱にした人生です。とっても当たり前のことですが、組織を作ると、ある方向にリーダーシップをとる必要があるので、その方向と集まっている人たちの生き方の方向性がマッチしていなければ、会社はうまく機能しません。いくら「収入のために集まった人」といっても、いろんな人がいろんな意識、価値観で集まっている土俵ですから、目指すべき方向性や道を示唆し、全員が力を合わせてそちらにいかなければ、本来の目的である「収入を得る」というためにもっとも大切なお客様満足を一丸となって高めることはできません。

長年、コミュニティやネットワーク、組織を仕事にしてくると、「集団を同じ方向に向かせる」ことがどれほど難関な課題であるかに気づきます。また、その難易度は、当然ですが、数の大きさに比例します。ときには強引に、ときには無理やり、自分の考えを押し付けたり、強要したりしながら進んできた気がしますが、実はそれではまったくダメのようです。まだ、人について関心も経験も少なかった頃、出会った言葉の中に、「相手を変えたければ自分を変えろ」というのがありましたが、これは人の集まるところ、共通して必要な「視点」であると思います。本当は向かう方向性を変えることはできません。どうしても右に行きたいときに、無理やりではなく、自然に右にいきたくなる方法をとれ、ということを言っている気がします。そのためには、自分のアプローチの仕方を変えていくことになります。

日頃、自分と同じ方向を向いていると感じる人に対して、私たちは好感を持ち、目をかけてしまいます。その逆に、どこかが違う、なんでこうなんだ、という場合は、心の中に「困ったやつ」「ダメなやつ」「気に入らない」「自分とは違う」という気持ちを土台にもって、なんとか自分の考え方が正しいのだと、理解させようとムキになったり、説得しようとしたりします。
これが、さらにまずい方向にいくようです。
「人みな人材ですがな」には、「目の前の人をまずは信頼し、すばらしい能力をもっている人だ、と心の底から尊敬の念をもって接すると、人はとてもいい仕事をしますよ」という意味があると思う。これはできることではない。松下幸之助が、数人から巨大企業に成長させることができたのは、もちろん先見性や商品力、技術力の高さなどがあったのでしょうが、それらを生み出した力はすべては経営者本人ではなく、「集まってきた人々」によって世に出されています。
集団は個の集まりです。その中には能力のある人、ない人がいる、と思うのが自然ですが、人ひとりずつが「人材」であることときちんと向き合うことだけで、組織は大きく変わる気がします。

自分の心の中に、相手への尊敬の念を生み出すこと。それはひとりひとりに対してであること。それを無理やり作り出すのではなく、心から「人ってすばらしい」と愛せる気持ちを作ること。
それができなければ、組織を大きくしていくことはできないでしょう。そんな人格者など、世の中にいるのだろうか、と思うぐらいに、私はひとりひとりを認めたり、愛したり、大切な人材であると思えるような、立派な人にはまったくなれそうもありません。それが人間らしいと思うし、それでもいいじゃない、と思ってしまう自分がしょっちゅう顔を出します。
それでもやっぱり実現していった人たちが残した言葉の中に答えを探しながら、亀の歩みでも、魅力的な組織づくりにチャレンジしたい、という気持ちだけは捨てられません。
永遠にテスト登山かもしれませんが、ぶつかる過程を私もいつか多くの後輩に伝えていける人になりたいと思って、「人みな人材ですがな」にほんの数メートルでも近づきたいと思います。

立場と責任

テレビで子どもを平気で虐待したり殺してしまう大人の事件があとを絶ちません。前にも書きましたが辛くてやるせなくて苦しくて、その子たちの気持ちを考えると涙があふれてきて憤りがとまりません。

少し前に娘と話しをしているときに、私が無意識に「そういえば○○さんって、すごく性格がいいのよね。誰にきいてもステキっていうし、みんなほめるのよ」と私の知人のことを話すと、娘が怪訝な顔をして「どうして大人なのに、性格がいいとか悪いとかという話しになるの?大人は性格がよくて当たり前じゃないの?大人同士が性格がいい、といってほめるなんて何だかヘン」といわれました。
教育をうけ、さまざまな経験を積んで大人になります。子どもたちは大人にしかられたり、教えられたりして成長していきます。上から物を言う大人たちが「性格がいい」とほめることそのものがヘンで、性格の悪い人がいることが問題で、大人は子どもからみたら、ちゃんとしていて当然だろう(いや、当然であってほしい)と子どもからすれば思いたい、というのはなるほど分かります。

大人は体も口も腕力も子どもより強いのは当然です。心が育たないまま体だけがしっかりと大人になり、子どもを作ることは誰にでもできてしまいます。そういう性的なことだけは本能的にもっているから、「大人にふさわしいかどうか」は関係なく、子どもを世に送り出し、自分たちの稚拙さ、未熟さを棚に上げて、子どもたちに当たったり、道具や所有物のように扱ってしまう大人が世の中にはたくさんいます。それが子どもから見ると納得できないし、不思議でしょうがないようです。たしかに不思議なことです。極力そんな大人を輩出しない社会を作っておかなければ、これからさらに不幸な子どもたちが増え、愛し方、愛され方がわからない大人が増加していってしまいます。

でも、人間だから完璧なんてありえません。本当は「大人だから」とか「当然」といわれると大人もとっても苦しい。ビジネスの世界でも、責任者、管理者、役員、経営者・・・とにかく人の上に立つ立場になると、「責任者なんだからこれぐらい当然のはず」と部下や周囲から望まれるようになります。自分はたいしたことないのに、そんな立派じゃないのに、と思っていても、目上、大人、先輩、責任者と誰かより立場が上になると、下にいる人は「当然の理想的姿」を望みます。
それを自覚して、未熟な自分をそこに人格を高めていく努力をする人ならまだしも、それができない大人は実はとても多いと思います。

「大人だから性格がよくて当たり前なはずなのに・・・なぜこんな大人が・・・」
子どもから見れば、本当にそれは納得できないことでしょう。
責任や立場を持つことは大変だけど、やっぱりあとに続く人たちのために、できればその期待に応える【責任】を持って生きていかなければ、自分の行動は自分だけのものではなく、未来の人に影響を及ぼしていくのだと感じました。

「性格がいいから大人なの」「大人になるっていうことは性格がよくなるってことだよ」
本当は自信を持って子供にそう伝えたいけど、実は子どもも大人も対して変わらないし、思うほど大人は成長できないことを大人になって知ります。

「大人が性格のよしあしを話題にすることそのものがヘン」・・・という子どものひと言にドキッとし、大人としての立場と責任を改めて気づかされました。

コミュニケーションって何?

社内で「コミュニケーション不足ですね」という言葉を聞く。コミュ二ケーションっていったい何だろう。コミュニケーション不足ということは、どこかを基点に「不足している」と感じるのだから、コミュニケーションが十分というのはどういう状態なのだろう。
「コミュニケーション不足」と聞くと、次に大抵の場合は、「でも忙しいからなかなかそんなに時間がとれないし・・・これ以上、打ち合わせなどを増やしたくないし・・・」という悪循環の言葉が続く。コミュニケーションとは「会話する時間」なのだろうか。
不満をよくよく聞いていると、【互いの気持ちが理解しあえてない】【相手の意図や真意がみえてこない】ことから出てきていることがほとんどだ。その結果、気持ちが納得しないままに仕事をしたり、時間を経てしまうと、相手への不信感や不安感が募る状態になる、ということだろう。

つまり、コミュニケーションの基本は信頼・安心感の関係の上に成り立っているかどうかが大きいだろう。互いのことをあまり知らない関係のときに、時間をあまりとらないと不信感を持ちやすいが、互いのことをしっかりと知っている関係になると「彼ならこういうだろう」「彼女がこんなことをいうはずはない」など、信じている強さが土台にあれば、自分がふらつかない。
となると、コミュニケーションとは、「気持ちが通じ合えている」という状態をいうのであって、「会話」をすればいいというものではない、ということがわかる。

日々、よく話しているはずの関係でも理解されないケースもある。片方が「かなり話しあっているのですけどね」「いつも言っているんだけどなぁ」というようなことがある。自分がいっているつもりでも「相手には届いていない」ということが問題であって、「口に出していっている」ということがコミュニケーションではないということだ。

それには、表面的な言葉そのものより、「真意」「意図」「思い」「願い」など、言葉の裏側にある「気持ち」「感情」を伝える会話ができるようになる必要がある。本来はテクニックで覚えるものではないのだけど、「相手に伝わる話し方」「相手が共感する話し方」はどうあるべきかを考えることができるような人にならなければコミュニケーション力が高いとはいえない。職場や学校、地域、社会は、自分の考え方とは違う人だらけ。言葉を交わしても、思考、価値観を知らなければ、いっている意味がまったく伝わっていない、ということが多々起りえる。言葉が足りなさ過ぎると、意図が逆さまにとられたり、間違って伝わってしまうことさえある。

最近、ある社員と話をしているときに「朝、あいさつをする人が少ないので、できるだけ自分は大きな声を出して、みんなに気づいてもらおうとしているのですが、なかなか・・・」というので、「それはいいことね。ところで、朝、あいさつをする人が最近、少ないな、と自分が感じているのだけど・・・、ということは朝礼などでひと言いってはみたの?」というと「え?、いってません。いわなくてもわかると思って」という。少し前にも、「みんなお金のことをシビアに考えないので、私は日頃、わざとお金のことを口に出して、みんなに意識してもらうようにしています。ところがお金のことを頻繁に私が口にするから、お金にうるさい人と誤解されているようです。私はみんなが意識してくれるようになってほしい、と思っているだけなんです」というので、「じゃ、自分はみんなの様子をみていて、もっとお金を大切にすべきじゃないか、だから私は意識してお金のことをいっているけど、それはお金のことをもっと大切に意識するようになろうよ、と伝えたいのです、といったことはある?」と聞くと、またまた「え、それはいっていないです」となる。

不思議なことで、人は「肝心なこと」を相手に伝えていないことが多い。その「肝心なこと」は自分にとって「常識」と思いこんでいることが多い。その自分の固定している価値観という思考から物を考え、口に出すので、相手がその「肝心さ」「価値観」が違っていれば、言葉のうわっつらしかとらえることはできない。
大切なのは、「私はこう思っているのだけど」「私はこう感じるのだけど」と言葉は、自分の気持ちを話した上で伝えることだ。そうすれば相手も「そうなんだ。でも、私はこう思うよ」という基本のところから話しができるので、言葉の意味がわかるようになる。それがコミュニケーションになる。
「言葉」はコミュニケーションの道具でしかない。コミュニケーションは「相手に伝わる」こと。「伝わる」とは「互いの心をみせあう」ことなのかもしれない。

情報のおすそわけ

人脈づくりのうまい人は、「情報のおすそわけ」が上手だとつくづく感じる。会社で行っているビジネスコースのゲストには毎回、著名人がこられるが、先々月の地域プロデューサーの大歳さんは、講演の前日までに各地の産直品を手配して宅配便に山盛り持ってこられ、会場で配布されていた。しかも、こうした品々はすべて「自腹」だそうた。地域のさまざまな活動をしてるのだからてっきりその権限でタダで手に入れているのかと思ったけど、「そんなことしていたら本当の村の活性化にならない」と常に自分でたくさん買って、新しい出会いの人たちに配る。まさにクチコミ行動マン。ときどきくださるメールも常に写真付で、「今日は○町にいます。景色がきれいだよ」という風に、地方の「景色のおすそわけ」をあちらこちらにされている。ほかの人に聞いても全員に添付で写真がついていることが多いらしいので、マメさに感動する。

先月の博報堂のかとうさんは、「コレ、感動したから見てみて」といってCDをくれた。自分の気に入っている本、番組、資料、情報をマメに教えてくださる。なんと弊社の新卒の社員がいうには、ちょっとしたことを質問すると、その質問の回答だけでなく、周辺情報もふくめて、いろんなことを調べてまで教えてくださる、ということを聞いた。

超忙しいはずの人たちのほうが、実はとってもマメ。そして情報の集め方も早くてうまく、すぐに人におすそわけする。それがまた身についているという感じ。
情報は出した分だけ帰ってくるし、集まってくる。それはわかっていても、なかなか情報を出すことそのものができることではない。忙しい人は、時間の使い方、濃度が違う気がする。同じ時間の中でも、情報の行き来の量が普通の数倍なのだろう。

だからこそ一層、人脈もふえ、感謝する人もふえ、その周りに人が集まる。

勉強会中止しています

九州方面の方、台風の様子はどうですか。
広島市内も電車がとまりはじめました。

今日は午後から私主催のクチコミュニティ勉強会だったのですが、残念ながら延期をします。
ご参加の方々、よろしく御願いします。
地震もあったようで、今年は天災がいよいよ多くなって、地球も壊れかけている証拠なのでしょうか。
こういう日は移動しないで、静かにしていましょう。
勉強会の内容は「お客様を巻き込むクチコミュニティの作り方」です。改めて日程変更で行いますので、この機会に申しみしたかった方は事務局にお問い合わせください。http://www.kuchicommunity.jp/seminar/2004/seminar_kuchikomi1.html
みなさまもお気をつけて。

女性起業塾

今年も女性起業塾シーズン??です。
午前中は、広島市産業振興センター主催の女性起業塾で「女性の起業と現状、展望」というお話しをさせていただきました。定員50人をはるかに超える120人に驚きました。
午後は広島県商工労働部主催の女性起業塾卒業交流会に参加。こちらは長いカリキュラムを終えて、無事、卒業した元気な女性たちとたのしく食事をしました。

年々女性起業塾の参加者は増えています。同時に女性がビジネスの社会で活躍する場面が本当に増えてきました。女性のビジネスの多くは、サービス業が多く、自己充実型起業が多いので、大きい志を持つというよりも、地域に根ざして、とか自分の特技で社会のお役に立ちたいという人たちが中心になります。ビジネスそのものは、ちょっぴり甘くて、大丈夫かな?という人も多いけど、それはそれで女性は打たれ強く、柔軟性も吸収力もあるので、起業後の困難を乗り切っていけるしたたかさを持っていますから、どうにかやっていく人たちだと思います。だって何よりも私がそうでしたから(笑)とんでもなく無謀で、何も知らなくて、資金もなくて、甘くて、レベルの低い私が、事業を軌道にのせて、人さまの前で講演をさせていただいていること自体が、「恥の数だけ強くなって、それでも負けずにすすんだ」だけですから!どうにかなるものです。

こうして地域に役立ちたいという女性がどんどん増えることは、日本全体にとっても重要なことだと思います。年齢も幅広い方が多いので、きっと子どもや社会にとって、そして女性のライフスタイルにとっても、アイディアと工夫で、今までの日本企業では実現しなかったビジネスの形をどんどん生んでほしいと思います。
未来に向かって、女性起業家がもっともっと増えることを祈っています。

成功体験に勝るものなし

後輩としゃべると自分の経験談を話してしまう。
それは面白いかもしれないけど、どこか相手には本当の実感としては与えられていないから、聞いているほうは、教えられても半信半疑の顔をしている。先輩の経験談をしゃべっても、それは根本では伝わっていない。「そんなこといわれても自信ないです」「いっていることは分かりますがそれは理想だと思います」といったような言葉がでる。どうしたら解決できるのだろうか、と考えていて思い出したことがある

10年近く前、ある企業に新しい企画を提案したときだった。
社長は「ぜひこの企画で御願いしたい。ただし御願いがあります。わが社は60年以上の歴史があり、役員は先代からの人たちも大勢います。みな、この会社をここまでしてきた自信があります。成功体験を重ねて今日を作ってきました。今は時代が変わり、自分たちの過去の体験では通じないため、新しい分野に取り組まない危機感を全員が感じています。しかし、失礼ながらあなたのように若くて女性である方から指示されたりアドバイスされることには、頭では正しいかもしれない、と分かっていても体はなかなか素直にいうことが聞けないのです。でも、どんなに難しい顔をしている人たちも必ず味方にさせる方法があります。それは、もっとも抵抗勢力になりそうな人たちを一番に、あなたの企画で成功体験を持たせることです。みんな過去の成功体験は自信です。しかし、今の時代のあなたのような人たちの提案は、よくわからないし、怖いし、不安で、自信がないのです。この企画で本当に成功するのか?もしも失敗したらどうするのか。今のうちから自分は反対しておこう、という気持ちになるのは自然です。ぜひ、過去にこだわっている人たちが、なんとか新しい企画で成功し、華を持たせ、社内の功労者や救世主になったようにしてください。そうすればほっといてもあなたをもっとも嫌っている強面の役員たちが、あるときから必ず強い味方になりますから」と。この社長さまは、今思うと人の心を本当に読んでいる方だと思う。当時の私にはピンときていなかったけど、その後、意識して企画遂行の段階では、不機嫌そうな方を横目に進め、成果がでるとその方のおかげと讃え、とにかく感謝した。もちろんヨイショという意味ではなく、顔は不機嫌でも、そのおかげで否定要素、気をつける点、リスクなどを注意してくれる人になっていだたけるので、失敗を回避できたことは本当に助かった。

どんなアドバイスや意見、提案、指導よりも、人は「成功体験」を持つことが最高に自信になる。顔の表情も変わる。態度も堂々とする。先輩の成功体験を聞いている段階では、どんなに話しを聞いて感動としたとしても、自分の体で体験はしていなから今イチ実感がない。
新人社員、新卒たちにも、成功体験を早く得てもらうほうが、どんな教育よりも効果があるのだろう、と気づいた。

Profile

日野佳恵子(ひの・かえこ)。島根県生まれ。90年創業。女性(主婦)マーケティングの パイオニア企業として注目を集める。企業・主婦・ハー・ストーリィの三者共働型マーケティングを開発する。「クチコミュニティ・マーケティング」は登録商標。 [ 続きを読む ]

日野の生い立ち物語
日野佳恵子の著書
HERSTORY
ハー・ストーリィは、主婦マーケット専門のマーケティング会社です。「主婦の力をプロデュース」を合言葉に、web媒体とリアルネットワークを活用し、主婦のおしゃべりをコンテンツにするクチコミュニティ®・マーケティングという独自の名称で、事業を展開しています。

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