仕事=営利=市場価値評価
会社は、チームであるけど、チームではない。学校のクラスや草野球とは大きく違う。似ているとしたらプロ野球。つまり仕事=対価というチームだ。
参加している人すべてが基本的に営利目的。これを忘れてはいけない。
全員が給与をもらいにきている。会社が好きだから、考え方が好きだから、理念が好きだから・・・はその次に選ぶことで、基本は「収入」だ。給与はいらないから働かせてください、は稀なケースであって限りなく100%に近く、給与をもらうためにきている。
ときどき、このことを忘れて、会話をしていることがある。
給与が高いか低いか。ボーナスが高いか低いか。これは、働いている人からしたら、会社という市場価値から算出された個人評価だ。もちろん、会社もまた社会からの市場価値評価にさらされている日々だ。
「あそこの値段高くないですか」「こんなの買う人いますか」「あそこはレベルが低いです」・・・日常の中にいると自分の暮らしや価値判断で、さまざまなことを勝手にいう人たちがいっぱいいる。しかも周囲にもさまざまな人がいるので、それを鵜呑みにする人がいる。若い人はとくに純粋なので、素直に「そうなんだ」と思いこむ。人の台詞や言葉は、責任がないことが多いだけに、怖いし影響力を持つ。こうやって「噂」や「風評」というもう1つのクチコミが広がっていく。
しかし、いつでも「どこと比べているか」「誰と比較しているのか」「どこて戦うのか」を明確にして会話をしなければ、市場価値に対する自分価値の客観的評価を見失う。
人は責任がない。人は言葉をしゃべる。人は感情をはきだす。人は混乱がすき。人は自分評価が高い。
それをしっている上で、人は人と付き合うこと。仲間とコミュニケーションをとり、助け合い、自分を向上させ、辛いときには支えとなってもらえる。人がいるから人は生きていける。誰かのために、があるから生きていける。がんばれる。
日本はいい悪いは別として資本主義。今、私たちはそこに生きている。基本の土台の上にたっていることを忘れてはならない。
自分価値は、市場価値の中で判断する。市場価値に対して、高くなる自分を創り出せる力を意識していけば、自然に自分価値をあげていくことになる。そのために必要な情報、仲間、向上されてくれる環境、人脈、ネットワークを持つ。これも自分価値をあげる要素となる。
自分はどこにいるのか、どこにいきたいのか、どうしたいのか、どんな人と付き合いたいのか、どんな人生を送りたいのか。そこへいくための「自分」という市場価値づくりをすればいい。
誰でもない、決めるのも、行動するのも、すべて「自分」である。仕事は「私事」であり「志事」である。
もう何年も繰り返し自分に言い続けていること。

